Analysis of information sources in references of the Wikipedia article "水上温泉郷" in Japanese language version.
矢張りそんなところから大正七年の秋に、ひとつ利根川のみなかみを尋ねて見ようとこの利根の峽谷に入り込んで來たことがあつた。沼田から次第に奧に入つて、矢張り越後境の清水越の根に當つてゐる湯檜曾といふのまで辿り着いた。そして其處から更に藤原郷といふのへ入り込むつもりであつたのだが、時季が少し遲れて、もうその邊にも斑らに雪が來てをり、奧の方には眞白妙に輝いた山の竝んでゐるのを見ると、流石に心細くなつて湯檜曾から引返した事があつた。然しその湯檜曾の邊でも、銚子の河口であれだけの幅を持つた利根が石から石を飛んで徒渉出來る愛らしい姿になつてゐるのを見ると、矢張り嬉しさに心は躍つてその石から石を飛んで歩いたものであつた。そしていつかお前の方まで分け入るぞよと輝き渡る藤原郷の奧山を望んで思つたものであつた。 ───若山牧水『みなかみ紀行』(青空文庫)[1]