もっとも、東京大学名誉教授であった常木実によれば、接続法を数字で表すようになったのは歴史的には関口存男が初めてではない。つまり、関口存男が第一式接続法、第二式接続法を用いた最初の文献は『(準備本位)独逸語文法』(尚文堂、1928年)であるが、それよりも早くアメリカのゲルマニストProkoschがProkosch and Morgan, An Introduction to German, 1923において、「first subjunctive」「second subjunctive」という表現を用いていた。また常木によれば、ドイツで初めにKonjunktivⅠ, Ⅱの名称を用いたはフランス人のFourquet(Grammarie de l'allemand, 1956)だとされるが、関口の著作を参考にしたかは不明である[17]。
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もっとも、東京大学名誉教授であった常木実によれば、接続法を数字で表すようになったのは歴史的には関口存男が初めてではない。つまり、関口存男が第一式接続法、第二式接続法を用いた最初の文献は『(準備本位)独逸語文法』(尚文堂、1928年)であるが、それよりも早くアメリカのゲルマニストProkoschがProkosch and Morgan, An Introduction to German, 1923において、「first subjunctive」「second subjunctive」という表現を用いていた。また常木によれば、ドイツで初めにKonjunktivⅠ, Ⅱの名称を用いたはフランス人のFourquet(Grammarie de l'allemand, 1956)だとされるが、関口の著作を参考にしたかは不明である[17]。