ドイツ歴史委員会(Historical Commission)・バイエルン科学アカデミー(Bavarian Academy of Sciences),ADB(Allgemeine Deutsche Biographie),Karl I.,2016年10月27日閲覧。
ドイツ歴史委員会(Historical Commission)・バイエルン科学アカデミー(Bavarian Academy of Sciences),ADB(Allgemeine Deutsche Biographie),Zachariae, Just Friedrich Wilhelm,2016年10月12日閲覧。
カール1世の「カール」は、ドイツ語ではKarlと綴るが、ラテン語ではカロルス(Carolus)と綴る。そのほかフランス語ではシャルル(Charle)、英語ではチャールズ(Charles)となる[11]。カール1世は領内のヘルムシュテット大学(ドイツ語版)にも力を注いだが、ヘルムシュタット大学は16世紀のブラウンシュヴァイクの領主ユリウスが創立したもので、もともとラテン語でアカデミア・ユリア(Academia Julia)と言ったのを、カール1世の名を入れたアカデミア・ユリア・カロリーナ(Academia Julia Carolina)と名を改めている[5]。(ラテン語の「アカデミア」は女性名詞なので「カロルス(Carolus)」が「カロリーナ(Carolina)」に、「コレギウム」は中性名詞なので「カロリヌム(Carolinum)」へと変化している。)