マタパン岬沖海戦 (Japanese Wikipedia)

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  • クレタ島に臨時配備されていた第815海軍飛行隊(イラストリアス)など。
  • 第829海軍航空隊(フォーミダブル)の所属機。
  • 第二五、クリート島爭奪戰[5](中略)ギリシヤが未だ余喘を保つてゐた三月の末頃イギリス地中海艦隊はクリート島スダ灣を根城として暴威を振つてゐた。三月廿六日、イタリー艦隊は夜陰に乗じてスダ灣に奇襲を試み碇泊地中のイギリス艦隊に砲撃を加へ一隻を撃沈したと公表してゐるが、これは廿八日夜の遭遇戰の前哨戦であつた。
     夜襲とは小癪なとイギリス艦隊も腹を立て奮然攻撃に出たものと解される。イタリーの發表では、この海戰で「中型巡洋艦三隻、驅逐艦二隻、合計五隻を失つたが、敵方の大型巡洋艦一隻の側に大型砲彈を命中せしめて撃沈し、外他の二隻にも大損害を與へた」と言つてゐる。これに對してイギリスは「廿八日の海戰においてイタリーのリツトリオ級主力艦(三五,〇〇〇トン)一隻に損害を與へ、巡洋艦二隻に致命的打撃を與へた」と公表してゐる。夜の海戰の事であるから戰果について的確な數字を擧げ得ないのは當然であらうが、彼此綜合して見るとイタリーの巡洋艦三隻は大損害を受けて基地に歸る途中沈没したものであらう。乗組員の多數が救助されたと發表してゐるのはそのためだと思はれる。イギリスは自國艦隊の損害沈没については一切口を緘してゐるし、海戰の模様に就いても何も語つてゐないが、これだけの犠牲を出したのであるから相當大掛りな海戰で、激闘が交へられた事は想像に難くない。
  • イラストリアスの第824海軍飛行隊は空母イーグル (HMS Eagle) と陸上基地に配置転換し、第819海軍飛行隊は第815海軍飛行隊に統合された。
  • 中将(Ammiraglio di squadra)。英訳はSquadron Vice Admiral。フランス語のVice-amiral d'escadreより転じて。
  • 軽巡2隻(カルカッタカーライル)や駆逐艦(ディフェンダージャガーヴァンパイア)が護衛していた。
  • 軽巡ボナヴェンチャー (HMS Bonaventure, 31) や駆逐艦(デコイジュノー)などが護衛していた。
  • 大破したイラストリアスから降りた第815海軍飛行隊がクレタ島に配備されていた。
  • ビスマルクの舵を破壊したのは、空母アーク・ロイヤル (HMS Ark Royal, 91) から発進した第810海軍飛行隊第818海軍飛行隊のソードフィッシュから放たれた魚雷であった[42][43]

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  • 第二五、クリート島爭奪戰[5](中略)ギリシヤが未だ余喘を保つてゐた三月の末頃イギリス地中海艦隊はクリート島スダ灣を根城として暴威を振つてゐた。三月廿六日、イタリー艦隊は夜陰に乗じてスダ灣に奇襲を試み碇泊地中のイギリス艦隊に砲撃を加へ一隻を撃沈したと公表してゐるが、これは廿八日夜の遭遇戰の前哨戦であつた。
     夜襲とは小癪なとイギリス艦隊も腹を立て奮然攻撃に出たものと解される。イタリーの發表では、この海戰で「中型巡洋艦三隻、驅逐艦二隻、合計五隻を失つたが、敵方の大型巡洋艦一隻の側に大型砲彈を命中せしめて撃沈し、外他の二隻にも大損害を與へた」と言つてゐる。これに對してイギリスは「廿八日の海戰においてイタリーのリツトリオ級主力艦(三五,〇〇〇トン)一隻に損害を與へ、巡洋艦二隻に致命的打撃を與へた」と公表してゐる。夜の海戰の事であるから戰果について的確な數字を擧げ得ないのは當然であらうが、彼此綜合して見るとイタリーの巡洋艦三隻は大損害を受けて基地に歸る途中沈没したものであらう。乗組員の多數が救助されたと發表してゐるのはそのためだと思はれる。イギリスは自國艦隊の損害沈没については一切口を緘してゐるし、海戰の模様に就いても何も語つてゐないが、これだけの犠牲を出したのであるから相當大掛りな海戰で、激闘が交へられた事は想像に難くない。
  • 重巡3隻(ザラフィウメポーラ)と駆逐艦2隻(ヴィットリーオ・アルフィエーリジョズエ・カルドゥッチ)が沈没した[9]
  • 第二六、獨伊空軍の英艦隊急襲[10] 此頃ドイツは英本土の空襲を間斷なく繼續しながらも、空軍に綽々たる余裕をもち、地中海、北阿作戰におけるイタリー危しと見て救援に馳せ向つたのである。これに氣を得たイタリー空軍もドイツ空軍と協力して隋所にイギリス艦隊を空爆してゐる。廿八日エーゲ海においてイタリー空軍はイギリスの護送船團、艦隊並に碇泊中の船舶を強襲し、航空母艦一隻及び巡洋艦二隻に猛爆を加へ、内巡洋艦一隻を撃沈した。廿九日にはドイツ空軍がマルタ島のハルフア飛行場を爆撃してゐるし、東地中海では獨伊共同でイギリス艦隊に猛攻を加へ、イタリーの雷撃機は巡洋艦一隻に魚雷を命中せしめ、爆撃機も航空母艦一隻に爆彈三個を命中せしめた。防禦の手薄な航空母艦のことであるから損傷は大きかつたであらう。
     以上の如く地中海の海上では空海入亂れての激戰が續けられたが、卅日に至つてまたもや東地中海で伊英の海戰が表はれた。イギリスはこの海戰の戰果を次の如く數字を擧げて詳細に公表してゐる、「英軍は伊巡洋艦フィウメ、ポラ、ザラ(各一萬トン、八吋砲八門搭載、一九三〇-三一年完成)の三隻並に驅逐艦ヴインチンツオ・ジョベルチ(一,七三九トン、一九三六年完成) マエストラーレ(一,四四九トン、一九三四年完成)の二隻を撃沈した」と、これに對してイタリーは乙級巡洋艦ジオヴアンニ・デレ・バンデ・ネーレ號(五,〇六九トン、一九三一年竣工)を撃沈したものと推定されるとのイギリスの發表を全然否定し、クリート島附近のイギリス艦隊の損傷をイギリス海軍省が如何に發表するか深甚なる注意を以て期待すると公表してゐる。
     お互に駈引もあらう、逆宣傳もあらうから公表の何割かを割引して受取らねば大勢を見誤る惧れはあるが、地中海における伊英艦隊の爭覇戰は、イタリーがイギリス艦隊に與へた打撃の代償としては寧ろ大きに過ぎる犠牲を拂ひ、イタリーは艦隊だけで決戰するに足る比率を割つてしまつたといふ感が深く、地中海の制海権は依然としてイギリスの手中に存すると言つても強ち正鵠を失した見方ではあるまいと思ふ。/ ここに於てかイタリーはドイツと協力して、空軍及び潜水艦によるイギリス艦隊撃攘の作戰をとるに至つたのである。勿論小競はあつた。それは四月十六日トリポリ近海の海戰の如く双方驅逐艦を失つた程度のものであつた。
  • 中将(Ammiraglio di squadra)。英訳はSquadron Vice Admiral。フランス語のVice-amiral d'escadreより転じて。
  • 上級少将(Ammiraglio di divisione)。英訳はvice admiral。ただし、職席は戦隊司令官に限定される。

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