博覧会国際事務局 (Japanese Wikipedia)

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  • [1] - 外務省外交史料館

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  • 2008年までBIEのホームページ(BIEホームページ アーカイブ フランス語版 Les Expositions :: Fiches Expositions(1931-2005)2005 Aichi-Japon)では、愛知万博については、「International Specialised Exhibition」および「International Registered Exhibition」となっており、2003年(時期不明)から少なくとも2006年6月までは、注釈として「Category included in the Registered International Expositions-Amendment in 1988」とも併記されていた。つまり、1988年採択の「新条約における”登録博”に含まれる」と明記されていた(フランス語では、「Exposition Internationale Spécialisée(Catégorie inclue dans les Expositions Internationale Enregistrées-Amendement de 1988)」と書かれていた)。なお、当時のホームページには、他国における特別博区分に当たる博覧会については「Specialised Exhibition」か「International Exhibition」のいずれかであり、「International Specialised Exhibition」となっていたのは愛知万博のみである。ただし、2003年以降のBIEのホームページでは、上海万博については、大阪万博と同様のカテゴリーの「World Exhibition」として扱われている。なお、2008年までの同ホームページには、筑波万博や沖縄海洋博覧会については、愛知万博と異なり「Specialized Exhibition(特別博)」と書かれていた。ただし、2010年時点のBIEのホームページでは、愛知万博についは「World Exhibition」ではなく「International Registered Exhibition」と書かれ、2011年以降は「Specialised Exhibition」と書かれ、筑波万博や沖縄海洋博覧会と同様のカテゴリーで扱われていた。

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en.wikipedia.org

  • 愛知万博からは、開催時期は新条約の5年ごとのルールが適用され、2005年開催となった。1997年6月のBIE総会で各国代表の投票により、日本・カナダ両国で2005年の開催権を争い、日本・愛知が多数を獲得し、2000年に総会で開催承認され「国際特別博」(新条約における登録博に含む)として登録された。なお、新条約の発効後も、閉幕後もBIEの位置づけ上、「特別博」の区分となったままであった。理由は、開催申請料も旧特別博区分の支払いのみとなっていたためで、追納金を支払い、2019年のBIE総会で、本来の区分である「登録博」として、事後承認(修正)された。その結果「愛知万博」は、1972年条約(旧条約)の「特別博」(ただし、特例で旧条約の「国際博」という区分にも含まれている)で申請し、1988年条約(新条約)の「登録博」という新・旧の条約をまたにかける珍しい国際博覧会となった。詳細は、「2005年日本国際博覧会」の2005年日本国際博覧会の位置付けと国際的な評価の節を参照